「ローマから日本が見える」
 短いローマ滞在を終えて帰国してみれば、「失われた20年」を生み出した張本人たちが大した反省もなく、平然と「取り戻す」と曰い蘇っていた。マッチポンプ以外の何物でもないではないか。そして、それに気づかず再度この選択肢をつまみ上げた民。
『ローマから日本が見える』(集英社文庫 塩野七生著)にはこうある。
「改革は必ず既得権者の抵抗を呼ぶものであり、誰もが賛成する改革など、いつの時代もあり得ないのです。(中略)
 本当の意味の改革とは、そう簡単に実現するものではない。時間と手間のかかるものなのです。しかし、だからこそ改革には価値があるとも言える。なぜなら、多くの人々はその手間を惜しむがゆえに衰退していき、その手間を惜しまなかった者だけが未来を迎えることができるのですから」 
 そして、塩野さんはカエサルの言葉を引用しながら、こう述べる。
「この人たち(注:既得権益層)を言葉によって、つまり理性によって説得しようとするのは絶望的と言っていい。「話せば分かる」というのは民主主義の理想ではあっても、それのみで成功したことはほとんどありません。
 というのも、ふたたびカエサルの言葉を引用すれば、『人は自分が見たいと欲する現実だけを見ようとする』存在であるからです。改革によって既得権益が失われることに心を奪われている人たちに、改革の意識を説いたところで理解されないのも当然だと思わねばならない。
 しかし、かといって彼らの反対に耳を傾けてしまえばどうなるか。結局、どんな改革も大幅な修正をされて小幅の改良に終わってしまうのが落ちです」
 原発は再び動き出し、官僚依存は変わらず、きっと勇ましい言葉だけが一人歩きしていくのだろう。日本は、再び改革の機を逃したのだ。せいぜい「小幅の改良」を喜ぶといい。
2012-12-18 12:43 この記事だけ表示