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「和を大事にとか、和食の時代とか、日本の伝統だとかみんな言っているくせに、全然伝統を大事にしていない。日本酒に限らず、醤油、味噌、みんな木桶を使ってきたのに、いま、木桶をつくるところはひとつしかなくて、それがなくなろうとしている。それって、非常に問題だと思うんです」
 この憂うべき事態を前に、佐藤は、いま木桶の技術を自分が継ぐべきではないか、完全に途絶える前に、喫緊に木桶の会社を立ち上げたほうがいいのではないか、と思い始めている。佐藤の頭の中にはやるべきことがいくつもあるわけだが、木桶製作はその中でいまや最優先となっているのだ。自社の大桶には、もちろん、秋田杉を使う予定だ。
 杉の木桶が酒にもたらす効果を佐藤は次のように考える。
 一、酒に抗酸化成分ポリフェノールを供給する。
 一、杉の香りは、リラックス効果が検証されている。
 一、木そのものが発酵材料となり、複雑系発酵になる。
 一、乳酸菌などの微生物が成育して発酵に多様な影響を与える。
 一、杉は生育方法や場所によって、また部位によって成分が異なる。木や製法でさまざまな酒ができる。酒質の多様化に貢献する。(『美酒復権』より)
2018-11-16 12:17 この記事だけ表示
 米、麹、酵母、あるいはすべての酒造りの工程を徹底的に考え抜き、そこに思想を投入すれば、同じ酒なとできるはずもない、というのが佐藤の考えだ。
「他の蔵と同じ酒というのはまずあり得ないと思うんです。日用品や工業製品の世界だとそういうのは日常茶飯事じゃないですか。どこかでひとつのデジタルガジェットをつくったら、すぐにみんなが真似するとか。でも、僕は、そんなものを造るために帰ってきたわけでは断じてない。他の人が真似をしたければ、それはいいんだけど、自分はしたくないだけで。そもそも自然に伝統的な造りをすれば、自ずと多様性は生まれてくる。そこをあえて押しとどめて、ある特定の形にして優劣を競うというのは、二重に作為的な感じがする。僕は、作為的に、技術を駆使して人と違うものを造ろうと思っているわけではないんです。酵母は使い古された酵母だし、木桶にしてもそう。でも、こういうアナログなものを組み合わせると、やっぱり個性的なものになるわけです、現実として」(『美酒復権』より)


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2018-11-09 18:31 この記事だけ表示
 六号酵母自体は、「酵母無添加」の生酛系酒母の仕込みによって生まれた、いわば天然の酵母で、遺伝的にはそれ以上さかのぼれない。逆に、六号酵母以降に誕生した清酒酵母は、すべて遺伝的に六号の突然変異であることがわかっている。
 そんな有用な六号酵母はどうやって誕生したのか。
 佐藤の帰郷後、「新政」の杜氏となった古関弘は、五代目の卯兵衛と八代目にあたる祐輔をだぶらせながらこう推測する。
「なぜ、うちの蔵から六号が出たか。それは結局、五代目が異常な人だったからだと思うんです。異常という言葉は少し変かもしれませんが。僕は職人あがりだからわかるんですが、日本酒って、経験によってタブーをどんどんつくってきて、そのタブーを守ることでお酒を腐らせない、いいお酒を造るとやってきたものなんです。だから、タブーを踏んじゃいけないんです。ところが当代を見ていると、タブーをタブーと思わないで、どんどん挑戦していく。当然、いっぱい失敗もするわけです。そういう姿を見ていたら、ハッと気づいたんです。
 八十年前の最大のタブーって低温にすることだったと思うんです。低温発酵したらお酒は腐っちゃう。ところが、五代目は研究して、低温発酵こそ美しい酒を造るためのキイだと思ったら、周りが止めるのも聞かず、当時としたら異常な低温発酵に突っ込んでいった。そして、そういう培地に酒の神様がポンと六号酵母を落としてくれた、そんなふうに思うんです」
 そして、古関はこう結んだ。
「六号酵母って『新政』の蔵付き酵母と教科書には出ているけれど、実はそうじゃなくて、五代目についてきた『人付き酵母』なんです。五代目がタブーを犯さない普通の良識的な人だったら、うちから六号は出てないんです。それは、佐藤家の血で、美しいものを捕まえたいと思ったら、周りが止めようと何しようとやるし、ああ、それが五代目と八代目なんだということがわかったんです」(『美酒復権』より)



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2018-11-02 10:44 この記事だけ表示
11月30日に『美酒復権 秋田若手蔵元集団「NEXT5」の挑戦』をプレジデント社より刊行します。5蔵5人の酒造りの物語です。詳細は追って。



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カバーデザインは、これまでにも何回かお世話になっている岡本洋平氏。
2018-11-01 15:34 この記事だけ表示