威張りたい、偉い人だと思われたい、自分の経験こそが正しいと盲信している、頂点に立ってフィクサー然としていたい。でも、責任はとりたくない、失敗はすべて下の者たちの失態、局面を打開する能力がない、戦術も戦略も持っていない、地頭が悪く想像力が及ばない、そして、困難な状況からはいの一番に姿をくらます。そんな老人になりたくないと思うのは、そんな老人がいま目の前で権勢を振るっているからだ。M。そびえ立つ絶望的な老害ーー。
 先日、御年80の素敵な老人にお会いした。56歳にして会社を立ち上げ、シリコンバレーで失敗と成功を繰り返しながら、「ゲームを楽しんできた」人。スィーブ・ジョブズに請われ、サシで交渉し、自身の会社を売却したこともある。いまは主に、アイディアを持つ若者が世界に出ていくための支援をしている。若者とベンチャーキャピタルをつなげ、壁を突破するには何が必要かを授ける。昔の自慢話などしないし、未来だけを見据えて過去の引き出しからヒントを拾い上げ提示する。明確な論理と戦略、五感を使ってスピーディーに対応していく能力。絶望の一方にはこんな方もいらっしゃる。救いである。
2015-09-06 13:14 この記事だけ表示
 記録的な猛暑日が始まって4日目、都心で園子温監督のインタビューがあった。撮影時の西日の暑さたるや半端ではなかったが、そのせいもあって、取材中に監督と一緒にビールを飲むことができた。園監督は本音を語ってくれる人だった。何が好きで何が嫌いか。何をやりたくて何をやりたくないか。つまらない頼まれ仕事にこれからどう対処していくか。語る内容はラディカルで戦闘的だったけれど、目の奥は優しく、気遣いもしてくれた。懐に隠し持った刃がちらちらと見えるのがまた楽しかった。ご一読いただければ幸いです。
2015-09-02 10:08 この記事だけ表示
 四ッ谷「すし匠」の親方、中澤圭二さんがハワイ・オアフ島に新たに店を開くことになり、今日発売の「週刊現代」のカラーグラビアで書かせていただいた。中澤さんが板場に立つのは年内までで、四ッ谷の店は後進に任せる。私が最初にうかがったのは、2001年4月16日で、ニュージーランド取材の打ち上げと称して、編集者に連れていっていただいたのが最初だった。その日の感動から足かけ15年通ったことになる。ここぞというときに、大切な人と行く、季節が味わえる貴重なお店だった。

 詳細は、「週刊現代」をご覧いただければと思うが、中澤さんがめざすのは、「現地の魚を使って江戸前鮨を握ること」だ。「江戸前鮨」とは、言うまでもなく酢や塩、煮きりや煮つめを使って、ネタとシャリの旨味を最大に引き出す技法である。ハワイ沖を江戸湾に見立てモイなど南国の魚を処理しようという「冒険」だ。現地に何回も足を運び、どう現地の魚を旨くするかを模索している。西海岸からもひっぱるらしい。海外の高級鮨店の多くは築地から入れているが、これがいま、鮨ネタの高騰を招いている。ウニやアワビなど、何倍にも跳ね上がっている食材が出てきているのだ。乾物もやばいらしい。先日、農水省が海外の日本食レストランの数を発表したが、それによれば2013年1月から2015年7月の2年半の間に1.6倍に増えているのだという。上がるわけである。魚の地産地消を進める中澤さんをしばらく追い続けたいと思っている。